美人への道

美人を目指す人の身辺雑記

おとなのあじ

今週のお題「大人になったなと感じるとき」ということで、他人に感じること、自分に感じること、色々思い返してみた。

他人に感じることだと、筆頭は挨拶。

学生時代、いっしょにヘラヘラしてた友人が、結婚式の受付などで、ゲストの方にそつなく対応していたり、率先して花嫁の親族に『本日はおめでとうございます』なんて声を掛けに行くところを見たときは、『あぁ〇〇ちゃんも、本当に大人になったなぁ』としみじみ思う。

どこから目線???って感じだけれど、そういうのが未だに上手く出来ない人からの下から目線。

セリフが決まっているところまでならギリ大丈夫だけれど(例えば『本日はおめでとうございます』)、そのあとが続かない。

慣れの問題もあるだろうけど、苦手故にそういう場面を避けるから、余計に拗らせるんだろうな。

もうこうなったら一生避けていきたい所存。

自分に感じることだと、味覚の幅が広がったこと。

昔苦手だったものが、食べられるようになったのみならず、美味しいとまで感じられるようになったときは、大人になったなぁとしみじみ思う。

とはいえ、まだビールの美味しさは分からない。

飲めなくはないけど、好んで飲もうとは思えない。

いつか美味しく飲めるようになるのだろうか。

味覚の類似で言えば、他人に対する許容範囲も広がった。

昔は自分の中の『〇〇たるものかく在るべし』から外れた人やできごとを見ると、凄くイライラしていたけれど、最近は『まぁそういう人もいるか。そういうこともあるか。私は良いと思わないけど』レベルになった。

感受性が鈍くなったと言えばそうかもしれないけれど、精神衛生的に、かなり楽。

だいたい、イライラするだけで、それを正すような行動を取れる人間でもないしね、私。

それに自分ルールを守らせる行動が取れる人(例えば『店員は客に対してもっとへりくだるべき』店にクレーム入れるとか)が良いとも思わないし(行動力とか度胸があるのは凄いな、と思う)

漠然と『大人になりたいなぁ』と思うこともあれば『子ども心を忘れたくないな』と思うこともあるし、人の心とは複雑ですね。

ふと思ったときに、『大人(子ども)に象徴される何の要素を欲しているのか』まで突き詰めたら、より良い人生が送れるのかもしれない。

そう考えると、私はそつなく挨拶が出来る人=大人、許容範囲が広い=包容力がある=大人って感じてるのだな。

なんだかとっちらかってしまったけど、お題があると普段じっくり考えないようなことも考えられて楽しいな。

味のある大人になりたい。